意思疎通ができない人、増加中の社会問題への警鐘
ここ数年間、特に…境界線はないのだけど、「話が通じない」「まともな会話ができない」と嘆く声を聴く(見かける)ことが多くなった気がします。
全体的な民度の低下というか、もちろんちゃんとしている人はしているのですが、できない人が大量に増殖してきて、全体の平均値を下げている感?
そこで下記のTwitter(X)スレッドは、とても興味深いものでした。私がこのスレッドを最初に読んだのが、客を擁護して、店員の問いかけ方が間違っていると主張するコメントだったので、余計に食い付きました。少しだけ長めのスレッドですが、まず読んでみてください。
『 イミがわからないんだけど 』
— れい (@ray3my) 2024年7月9日
って思った話。
カフェで男性2人組。
「 アイスコーヒー 」
「 はい、アイスコーヒーがおひとつですね 」
「は?2人で分けて飲むと思う?」
となりの席の私と娘は、え?となる。
店員さんは、戸惑いながらも
対話
意思疎通
態度
誠意
確認
先入観
逆ギレ
相性
化学反応...
上記引用のようなエピソードを読む度 全体的に蔓延している対話能力、国語能力 コミュニケーション能力の劣化を感じます。 こういうので怒る人達は、AIにも外国人労働者にも子どもにも同じでしょうね。
伝える、伝わる。
利己的はダメです。
現代は正に「対話力」が必要な時代。
対話力を失った人を 冷静に穏やかに誘導できるのも対話力です。
相手が何を伝えたいのか 確認する姿勢 …でもお店だと 「客は神様」な姿勢で来る客も居るし 我慢しないといけない難易度も上がりますが、 目的や確認事項を いち早くシンプル的確に問う能力が必要ですね。
アート鑑賞型対話に参加して、そのような対話力はじめ各種思考力や感性を伸ばそうとか、自分自身を省みる姿勢がある人は、そもそもそういった姿勢がある分、既に十分意識が高いタイプの方々です。しかしそういった方々は、上記の事例のように社会の中の「困ったちゃん」に遭遇した時に、威力を発揮できるようになるでしょう。
現代社会は、何かとそういう「ヤバい人」「危なそうな人」「迷惑な人」に遭遇すると、「避けよう、関わらんようにしよう、逃げよう」という閉塞的な対策を促す人達が多いと感じます。子どもを注意できる大人も激減してきました。皆さん「トラブルに巻き込まれたくない事なかれ主義」を優先して、良しとするからです。悲しい流れですね。
当事者意識がない。
そしていざ自分が直面すると、助けてほしい…でも誰も助けてくれない…
じゃぁ自分で最初から自立した真っ当な行動を取れた方がいいですよね?と私は思う訳です。
ダブルスタンダードなわがままな人達多いです。
悪しきは関わらなければいいだけ…と臭いモノに蓋をしたまま、避け続ければよいと思っているのですよね…果たしてどうなのでしょうね?私はそうは思いません。
喧嘩しなくても「伝える」姿勢、スキル、身に付けたいものです。そして私の提供している #アートde対話(#アート鑑賞型対話)は、そういう姿勢を育んでいきます。